ただ一歩ずつ

被災地は2度目の新年を迎えます。果たして被災者の方々は「明けましておめでとう!」と言葉に出すことができるのでしょうか。確かに街中や浜を埋め尽くしていた瓦礫はきれいに撤去され、当時の悲惨な面影を見ることはなくなりました。

しかし、そこにはかつての生活感はなく、当地を訪れる者は一抹の寂しさに襲われます。高台には仮設住宅が建設され、多くの被災者はそこに移動し新たな生活を始めました。ですが、国の復興支援は遅々として進んでいないように思われます。かつての生活を取り戻すまでには一体あと何年かかることでしょう。国には明確な復興ビジョンと更なるスピード感をもって復興に取り組んでもらいたいものです。

昨年の東北支援では、被災地の中学校からの依頼を受け、本会メンバーが進路指導授業を行ないました。身近であった親の職業の漁業や水産業が、津波被害によって破綻してしまった為に、将来に展望が持てなくなってしまった生徒達の為に、進路を考える上で職業の選択肢を増やしてやりたい、将来への夢を持たせたい、という教諭陣の要請でした。

IT企業、研究者、看護師をはじめとした職業人達を派遣して行なった講演会はいずれも好評で、生徒達はメモや質問をするなど、熱心に講師の話を聞いていました。

また、今後は生徒の自主的な活動も行なわれます。これまでは支援を受けるだけの子供達でしたが、自ら地元の復興状況や催しなどを取材し、地域情報や記録写真などを送ってくれる予定です。生徒達が活動にやりがいを感じ、また、被災者でもある彼らが地域の情報を全国に発信することができれば、今後、私達支援者の被災地理解にも大きく貢献します。

地元の復興には、まだ時間がかかることでしょう。しかし、そのとき主役となるのは、卒業して進学し、社会人となり戻って来るこの生徒達だと思います。その日のためにも、今年も被災地の彼ら生徒達を支援していきます。


時を刻む


2012年3月に同中学校を卒業したM君は、当会の支援を受けて県内の名門高校に進学しました。成績が優秀であるにも関わらず、被災で経済困窮となり、一時は進学を諦めていたM君でしたが、当会の支援を受け、いまは高校で勉学とサッカーの部活に頑張っています。将来は東京の大学に進学したいという意欲もあり、いずれ地元の復興に活躍してくれることでしょう。

彼の母校の担当教諭も「Mなら必ず地元に貢献できる人物に化けますよ」と期待していました。

さらに、高校生のAさんも、当会の支援を受けて最後の学生生活に励んでいます。求人が無く就職先が見つからなかった彼女も、この度ようやく、高校で学んだ情報処理科の勉強も生かされる内容の仕事という事で、隣接市の土木関係の会社に、事務職としての就職が正式に決定しました。

私達が支援している被災地は本当に美しいところです。海に落ちる美しい夕陽、夜は降るような満天の星。浜は壊滅しましたが、この美しい自然はいつもありのままの姿を呈し、自然の偉大さを感じずにはいられません。

津波で寸断された道路を辿り、その絶望の光景に目を疑い涙しながら、この地に降り立った「あの日」を忘れる事なく、本年も、東北復興に向けて支援を続けて行きます。

今後とも皆様のご理解とご協力をお願い致します。