2011年3月11日に発生した東日本大震災の支援活動で、現地で不足しているとの情報のあった下着を中心とした物資を援助する為、企業や個人の方々の暖かいご協力を得て物資を集め、ご協力者の皆様の気持ちと共に、3月30日~4月2日未明、片道12時間の道のりを往復し、トラック2台で支援して参りました。

現地入りした日に道路が開通した、まだ自衛隊しか入っていないという牡鹿半島を最突端まで行き、ボランティア組織として初めて、物資支援と炊き出しを行ない、被災者の方々と話をし、必要なものを聞いてきました。

ご協力頂いている皆様、本当に有難うございます。


東日本大震災支援報告


この度は、東北地方太平洋沖地震の被災者の皆様へ物資援助に御協力下さいまして誠に有難うございました。心より感謝御礼申し上げます。

御蔭様で、3月30日(水)夕方出発~4月2日(金)未明帰着という日程で、それぞれの片道12時間をかけて、たびたび寸断される悪路を辿り、本会ボランティアメンバーは宮城県の被災地である牡鹿半島の被災者の方々に、トラック2台、乗用車1台に積み込んだ援助物資を無事お届けして参りました。
現地鮎川浜では、役所の方の理解御協力を得て、避難所訪問6箇所(内4箇所を追加訪問)を回り、御協力下さいました皆様よりの物資を直接被災者の方々にお渡し、更に炊出し支援を実施致しました。

ここに写真と共に現地支援の御報告を申し上げます。御覧頂ければ幸いです。

今回第一回の支援活動は、私達が現地入りするちょうど前日に開通したという道路を通り、ほぼ自衛隊のみが稼働するという過酷な状況の地域での援助となりました。

現地は、テレビや新聞などマスコミでの報道以上の想像を絶する惨状でした。
全ては瓦礫と化し、粉塵があがり、何よりも瓦礫の下から立ち上る独特の臭いは、決してテレビ等では伝えることの出来ないものでした。
美しい故郷も家も家族も地震と津波で一瞬にして失い、この惨状の中にある被災者の皆様の辛さは想像に余りあるものです。

そのような中にあって、今回の皆様のお心のこもった支援物資を直接手渡しさせて頂いた時の、被災者の方々の安堵の表情と涙は、とても紙面でお伝え仕切れません。

「こんなに沢山頂いていいのですか」「有難う。有難う」とご高齢のご婦人が涙を流され、こらえても流れる涙を袖で拭う男性の姿が、そこにありました。

どうか被災者の方々が、安心して暮らすことが出来ますように、そして本当に被災者の方達を心配され援助をされている皆様の想いが届きますように、そうなるように、同じ日本人として少しでも私達もその力となれるようにと祈らずにおれません。

今後もまた引き続き、現地被災地への支援を継続して参る所存です。
本会メンバーは全て各人の仕事を持つ全くのボランティアばかりですが、既に第二便の支援も近々に予定しており、暫くは間をおかずに現地に向かう計画です。
今後とも、何卒御協力をお願い申し上げます。御協力下さいます方は是非に御知らせ頂ければ幸いです。

重ねましてこの度のご理解とご協力に深く感謝申し上げます。
皆様の御多幸を心よりお祈り申し上げ茲に御礼と代えさせて頂きます。